うつわの薀蓄

和食器には様々な図柄が描かれています。
その文様には古い由来を持つものが多く、絵柄の意味がわかると、器を使うことがさらに楽しくなります。

唐子(からこ)

唐子とは文字通り、唐(中国)の子供を描いた文様です。
唐子は江戸時代、長崎・平戸藩の御用窯である三川内(みかわち)焼でしか作ることを許されなかった伝統の図柄です。

唐子文様の代表が「松唐子」で、松の木の下で遊ぶ唐子に牡丹・蝶をあしらい、輪宝(りんぼう)という模様で縁取ります。興味深いのは、描かれる子供の人数によって器の格が異なることです。七人描かれた「七人唐子」が最も格が高く、「五人唐子」「三人唐子」と続きます。

現在も長崎県佐世保市にある三川内焼の窯元で、三川内焼のシンボルともいうべき絵柄の一つとして有田焼とは別な繊細な染付の線を用いて描かれています。現代の感覚に合った唐子の図柄の食器も豊富です。

描かれた唐子とは別に、器を覗き込むような人形がついているものがあり、これを「一閑人(いっかんじん)」と呼びます。閑人(暇な人)がぼんやり井戸をのぞく姿に似ていることから、その名がつきました。しかし、人形が子供の姿であることが多いため、最近ではこれも含めて「唐子」と呼ぶことが多いようです。

吹墨(ふきずみ)

霧吹きで墨汁を吹き付けたかのように見える文様を「吹墨」といいます。水しぶきを連想させ、夏向きの文様です。

竹の管の端に細かい布を巻きつけて布に顔料を含ませ、一方の端から息を吹き込んで器に吹きつけます。これが中国の明代(1368~1644年)から伝わる吹墨の最も古い手法です。この手法は日本でも九州の有田の窯などで昭和の初めまで用いていました。ほうき草を束ねて作ったブラシに顔料を含ませ、指ではじいて絵付けをする方法も、昔ながらの素朴な吹墨の手法の一つです。

昭和30年代になると、食器の世界にも大量生産の波が押し寄せ、吹墨もスプレーを使うことが主流になりました。昔ながらの手法とスプレーとの違いは、製品になってしまうと素人の方にはほとんど分からないでしょう。絵付けが均一にできるのはスプレーのよさです。手仕事ですと、顔料がポタッと落ちることがままありますが、それなりの味わいをかもします。いずれにせよ、しぶきの勢いを感じさせるか否かが、吹墨の見極めどころです。

捻文(ねじもん)

まず最初に、写真の文様をよくご覧になってみてください。
見つめるほどに様々なイメージが湧いてきませんか。カラカラと音を立てて回る風車、うねってはうずを巻く潮、汗ばんだ額をすっと吹き抜ける涼風・・・単純ながら、イメージが幾重にも広がっていく文様ではありませんか。

捻文は縞文様の一つで、縞を捻じることで文様に動きや変化が加わります。濃淡3本の筋で描くのが基本ですが、2本だったり、点々を加えたり、多種あります。

この文様の面白みは、なんといっても捻じりの妙にあります。
鋭く捻じりがきいたものはシャープに、ゆったりとした捻じり加減ではおおらかな印象になります。一筆でシャープな捻じりを描くには相当の技量が必要です。また、ゆったりとした捻じりは、ややもするとごく普通の縞文様のようになってしまうおそれがあります。捻文は捻じり加減に作者の個性や技量が現れる文様だといえます。

冬に使ってはいけないという決まりはありませんが、「捻」の持つイメージの水や涼を欲する夏にお使いいただくと、より楽しいと思います。

網目(あみめ)

食器の文様は身近な自然や生活の中から題材をとることが多くあり、網目文様もその一つです。幾何学的な印象を与えますが、魚や鳥をとるための網を題材にしたものです。ひっかけ網、玉網(たまあみ)、寄網(よせあみ) 網目文様のバリエーションです。――ひっかけ網は網目同士をひっかけるように交差させます。
玉網は網のつなぎ目が玉になっています。

そして寄網は網目の間隔が寄ったり離れたりと不規則になっています。網目紋はふだん使いとして飽きの来ない文様ですが、じつは縁起がよいとされる吉祥文でもあります。同じ文様をくり返すところから「連続するもの」「永遠に続くもの」の意味を読みとります。
「網」は福を「からめとる」「すくいとる」ものとして商売の世界では昔から喜ばれました。また、根拠のない迷信ですが、網目のお茶碗でごはんを食べると中風(ちゅうぶ)にならないという言い伝えも残っています。

よくできた網目文様は、食器の内側と外側の網の糸がぴったり合っていて、器の底まで細かく網目が描いてあります。こういう仕事を見ますと職人さんの「どうだ」という声が聞こえてくる思いですが、値段は張ります。同じ網目文様でも値段に差があるのは、こんな理由もあるのです。

青海波(せいがいは)

青海波は同心の半円形を互い違いに連ね、波を表した文様で、「せいかいなみ」ともいいます。
見つめていると、波が大きく小さく波打っては消え、また波打つ…というような不思議なリズムを感じ、清々しく光り輝く波のイメージが重なります。

青海波文は、古墳から出土した埴輪の着衣にも刻まれています。古代から人は海をすべての生命の母体と考え、不老不死の常世の国を波浪の彼方に求め続けたのでしょう。また、海に囲まれた日本では「四海波静か」の願いをもこの意匠にこめたのではないでしょうか。

能装束や小袖などの地模様、建築の意匠にと幅広く用いられている青海文ですが、文様名は雅楽に合わせて舞う〝舞楽〟の『青海波』という曲名に由来します。
この曲を舞うときの衣装に青海波文を用いるのです。

和食器の場合、青海波文は染付で描かれることが大半なのですが、色絵で描くこともあります。
青海波文などの幾何学文様は絵付が揃っていることで面白みが出ます。品選びの際は、文様の揃い具合、特に蓋物は蓋と本体の文様がきちんとつながっているかチェックなさるのもよいでしょう。

龍田川(たつたがわ)

流水に紅葉を配した文様を龍田川といいます。
奈良県北西部を流れる竜田川は、紅葉の名所として有名です。
和食器の龍田川文様はこの竜田川にちなんだ名称ですが、文様の場合は「龍」という文字を使うことが多いようです。

ちはやぶる神世もきかず竜田川から紅に水くくるとは 業平朝臣(古今和歌集)

川を反物に見立て、深紅の紅葉が点々と限りなく流れて行く情景を川の水を絞り染めにしたようだと詠っています。紅葉が漂いながら流れる様子は季節の移ろいやはかなさを感じさせます。

色とりどりの鮮やかな色彩は人の心を高揚させずにはおかない堂々たる美しさです。
そして、秋の文様のためか、温かみのあるざっくりとした土物の器に多色を用いて表現することが多いようです。

龍田川文様は江戸時代中期に活躍した陶工・画家の尾形乾山(1663~1743年)が好んだ文様としても有名です。また、「乾山写し」が数多くあり、力強い絵付けが特徴です。

文字(もじ)

文字は、それ自身がすでにデザインとして完成されたもの。食器の文様として使われるのも当然といえましょう。中国では古くから文字を装飾化して文様として使う文化が盛んでした。欧米各地にはギリシア神話や聖書にちなむ言葉を文様風に書き込んだ陶器類があります。

和食器でも文字文様はとてもよく用いられます。
中でも「福」「寿」「吉」などのめでたい意味を持つ文字――吉祥文字を描いたものが圧倒的です。また、「春夏秋冬」「花鳥風月」など季節感や風流心を感じさせる文字も好まれます。

文字文様はさまざまな技法で描かれます。生地に上絵つけをして焼き上げたもの、染付や鉄絵で下絵つけをして焼くもの、文字を彫って描いたものなど。

文様がシンプルな分、技法で遊ぶことができるのでしょう。ほとんどの文字文様は季節を問わず使うことができます。吉祥文字は祝い事にうってつけです。「福」は"福は内"にちなんで節分に使ってもおもしろいでしょう。

日本人は、文字に祈りや願いをこめる心を持っていると思います。文字文様は、その思いが息づいている文様ともいえるでしょう。

祥瑞(しょんずい)

白く緻密な磁器の生地に青海波、七宝、格子などの連続した幾何学文様を染付で地文のように細かく描き込んだものを祥瑞といいます。文様ごとに放射線状の枠で囲むことが多く、枠をねじったものを「捻祥瑞」と呼びます。また、山水などを丸い窓で囲む場合もあります。

もともとは中国の明代(1368~1644)の末期に中国最大の陶窯、景徳鎮(けいとくちん)でよく用いた文様です。当時の祥瑞文様の器の底裏を見ると「五良大甫 呉祥瑞造(ごろうだいゆう ごしょんずいぞう)」という銘が入っています。祥瑞という呼び名は、銘から二文字をとったものです。銘の解釈は専門家の間でも意見が分かれます。「五良大甫」「呉祥瑞造」ともに陶工だという説。いや「呉」「祥瑞」は地名だ、いやいやこれこそ人名だ――諸説粉々。

文字文様はさまざまな技法で描かれます。生地に上絵つけをして焼き上げたもの、染付や鉄絵で下絵つけをして焼くもの、文字を彫って描いたものなど。文様がシンプルな分、技法で遊ぶことができるのでしょう。

祥瑞文様には、精緻な文様をぐっと息を殺して描く緊張感とそこから生まれる格調高さがあります。洗練された文様の組み合わせは、斬新で奔放ともいえる魅力があります。和食器の文様の中でも最上級の格を持つ文様です。季節を問わず使えるもてなしの器として重宝することでしょう。また長く使っても意外なほど飽きが来ず、料理を生かして盛りやすい、懐の深い文様です。

梅紋(うめもん)

梅は厳寒に耐えて花開くことが尊ばれますが、身近な植物であり姿の愛らしいことから、同じくめでたさを表わす松や竹などとはひと味違った親しみやすさがあります。そのせいか、梅紋は写実的なものから単純に図案化したものまでかなり幅広く描かれ、湯呑など日常使いの食器に多く用いられます。

また、五弁の梅の花を形にした鉢や皿も多く見られます。

梅はあえていうならば冬の文様ですが、季節にかかわらず好む人が多い柄です。中でも単純に図案化した梅文は飽きが来ず使いやすく、家庭では一年を通して気軽に使えるものといえるでしょう。これは、春の桜、秋のぶどうといった文様にもいえることです。せっかく気に入って求めた器ですから、あまり決まり事にとらわれずに楽しんで使っていただきたいと思います。

桜紋(さくらもん)

桜と言えば、昔から日本人に親しまれていると思われがちですが、古代においては梅が珍重されていました。後に桜が日本に広まって、人々に愛好されるようになり、今日では日本の代表的な花となり、さまざまな文様にもなりました。

形は桜花、八重桜、枝垂桜、枝や葉の付いた桜など色々あります。写真は「桜詰」と言って、一面にぎっしりと桜の花を描いた文様です。

一方で、こちらの写真のように、桜の花びらのみを描いたものもあります。 華やかさの一方で、はかなさも好む日本人の心に、桜はぴったりくるようです。
「梅文」と同じく、桜文も春の文様ですが、季節を問わずお使いいただければと思います。

花鳥紋(かちょうもん)

花と鳥とを描いた文様を総称して花鳥紋といいます。花鳥文は明確になんという花か、なんという鳥かが分からないことが多いです。もちろん、はっきりと分かる絵柄もあります。

花なら菊、牡丹(ぼたん)、燕子花(かきつばた)、鳥なら千鳥(ちどり)、燕(つばめ)、鶴(つる)、鳳凰(ほうおう)などを好んで用います。

しかし、この場合は漠然と花鳥紋とは呼ばず、千鳥と燕子花の取り合わせならば「千鳥に燕子花(水草)文」というように鳥の名前、花の名前が文様名になります。

花鳥文はデザインがデフォルメされていながら、どこか絵画的で親しみが持てる文様なので、絵画と文様双方の魅力を存分に味わえます。器全体に描かれているわりにうるささを感じさせず、飽きが来ないのも特徴です。花と鳥が最もにぎやかで楽しげな春らんまんの頃に使うと魅力を増す文様です。